【観た・読んだ】私は『秒速5センチメートル』を観て、なぜせつなくなるのか
答え:『秒速』は絶対あり得ない世界なのに、微妙に感情移入できちゃうから
新海誠さんというアニメーション作家・映画監督がいる。
『雲のむこう、約束の場所』や『言の葉の庭』など非常にクオリティの高いアニメーション作品を世に送り出す人として有名な方だ。
CMのアニメーションも手がけ(たとえば大成建設 CM アニメ 「ボスポラス海峡トンネル」篇 - YouTubeなど)最近はZ会のCM「クロスロード」が話題になった。
Z会 「クロスロード」 120秒Ver. - YouTube
『秒速5センチメートル』にせつなくなる
そんな新海誠さんの作品の一つに『秒速5センチメートル』がある。私はこの作品が好きだ。この作品を観ると、ひとことでいえば「胸がキュンキュンして切なくなる」。
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あらすじをざっくりといえば、
小学校の同級生と恋をし、離ればなれになる。少し続いた文通はいつしか途切れてしまうも、主人公の男の子はその初恋が忘れられない。彼に好意を抱く高校の同級生の想いをはねつけ、大人になっても女性の気持ちとどこか寄り添えないでいる。そんななか、桜散る道に散歩に出かけた彼は踏切で見覚えのある女性とすれ違う・・・
みたいな感じだろうか。
さて、最近「秒速5センチメートル」とかいうポルノアニメを観ました - ←ズイショ→というエントリを読んだ。
このなかで『秒速』は「ポルノ」とばっさり斬られているわけだけど、これを見て「なんで私は『秒速』観て切なくなるのかなー」と考えてみた(考えるついでにアニメを見返し、小説を読み返してしまった。そしてその結果をここで垂れ流すわけです)。
結果、「『秒速』は絶対あり得ない世界なのに、微妙に感情移入できちゃうから」という結論に達した。言いかえると『秒速』は「微妙に感情移入へと誘い込むくせに、絶対あり得ない世界だという事実を突きつけてくる」から私を切なくさせるのだ、と思う。
あり得そうな世界と、嫌それは絶対あり得ない!という感覚、そのふらふらした感じ、どっちつかずの焦らされた感じによって、私は切なさを感じるのだろう。
これは『耳をすませば』とかで多くの人が感じていることじゃないかな、「あぁこんな青春して見たい!・・・でももうあの頃には戻れない」ってね。
『秒速』を「ありえないのにありえそう」にしている要素はなにか
さて、「ありえなーい!をなんとなくあり得そうな感じに描く」もしくは「あるある!!をあり得ない状況において描く」というのは上質なフィクションの条件だと思っている。
では、なにが『秒速』を「ありえないのにありえる」アニメたらしめているのだろうか。
それは
- 風景描写の美しさ
- 人物描写の雑さ
だと思った。
CMを含む新海作品のいくつかを観てみればすぐわかるように、彼の作品は非常に風景が美しい。非常に美しく写実的だ。いや、これは少し正確ではないかも知れない。美しく写実的、というよりは「私たちの美化された思い出の風景と重なる」という意味で写実的であり、そして理想的だ*1。
この風景の写実性が観る人を(というか私を)作品の世界に誘い込む。「あるある!」と思わせる。
しかし風景の美しさ、緻密さの一方、新海作品における人物描写は雑だ*2。もしくは風景の写実性と比べてふしぎなほど「アニメ」である、と。
『秒速』を観ていても、小学校時代の明里の表情や声は「アニメ!」という感じだし、貴樹の輪郭や顔のパーツの描き方は風景に比べて作り込みが少ない印象を受ける。そして「ポルノ」といわれても仕方ないほど甘ったるいストーリーと登場人物のtoo poeticな語り・・・あぁこれはアニメなんだ現実じゃないんだ、という気持ちを想起させる要素がちりばめられている。
これらの要素によって観る人は(というか私は)作品世界から拒絶されたような気分になる。「ここはフィクションの世界。君のいる世界とは違うんだよ」と。
風景によって「自分の世界だ」と思い作品世界に飛び込んだら、そこには自らと重ね合わすことの出来ない人物がいた。そういう気持ちになる。
この「風景の写実性」と「人物描写の雑さ」の2つが『秒速』を「あるある!だけどありえない!」たらしめているのだと思った。
『秒速』はモヤモヤする
「あるある!だけどありえない!」という感情を惹起させる『秒速』は、上質なフィクションであり、上質なエンターテイメント作品であると私は思っている。
【読書】カタルシスを求めて/茨木のり子 『詩のこころを読む』、ほか2冊 - 準備運動で書いたように、芸術がカタルシスを与えてくれるもの、さまざまな感情を吹き飛ばし、浄化し、ひっくりかえすものだとすれば、エンターテイメントはモヤモヤフワフワした気持ちを提供し、増幅させるものではないか。
人は現実の世界から一時的に対比するために、仮想世界のモヤモヤフワフワ感を求め、楽しむ。それを与えるのがエンターテイメントではないか(entertainmentの動詞形entertainとは、enter(間に入って)+tain(もてなす)が原義)。
エンターテイメントは私たちと厳しい現実世界の間に入って、仮想世界のモヤモヤフワフワ感を提供して私たちを一時的に楽しませてくれる。
この意味で言えば、『秒速5センチメートル』(や新海作品)はカタルシスを与えてくれる「芸術」ではなく、上質かつ巧妙な*3エンターテイメントだ*4。
そして私はまんまと『秒速』に間に入られ、モヤモヤフワフワ感を提供され、それによって(手のひらで)もてなされているわけだ。
あ、ちなみに私のように『秒速』のアニメをみてダメージを受けたかたは、小説版を読むことをおすすめいたします。多少、救われるというか、回復する。
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