【読んだ】謎解き英語教育史/『「なんで英語やるの?」の戦後史』

本書はひとつの「クイズ」から始まる。

Q. 義務教育の中学校で外国語が必修教科になったのはいつからでしょうか?

(A)戦後
(B)1945~1952(本土占領期)
(C)1952~1970年代前半(高度経済瀬長期)
(D)1970年代後半以降

答えは、D。それも1998年の学習指導要領改訂で必修化された。つい最近じゃね-か!!!と叫びそうになるほど最近だ。

でもきっとそれ以前に学校教育を受けていた人は、外国語(といってもほとんど英語)は必修だったと思っていたはずだ。中学校での外国語は選択科目であったにもかかわらず、本書で言う「事実上の必修」がそこにはあった。


本書では、

・英語の事実上の必修化は、いつ、どのように生まれ、そして定着したか

・事実上の必修化はどのような要因によって成立したか

という2つの問いが実証的に検討される。



答えを先取りしてしまおう(ネタバレ注意!!!)。
最初の問いの答えはこうだ。


Q. 英語の事実上の必修化は、いつ、どのように生まれ、そして定着したか

A. 「民主的」であることがきわめて重要な行動原則となった戦後教育*1では、「社会の要求」および「生徒の興味」*2という根拠により、外国語科は選択科目となった。その後、1950年代の「全生徒が1度は英語を学ぶ」時代を経て、1960年代には「すべての生徒が3年間学ぶ」こととなった。すなわち事実上の必修化は50~60年代に成立した。

そして後者の問いに対する答えはこうだ。

Q. 「事実上の必修化」がどのような要因によって成立したのか。


A. 以下の要因が絡まり合いながら「事実上の必修化」が成立していった

-高校受験科目としての英語の採用

  • 人口動態的変化(ベビーブーマー対応による人員・設備への投資が、ポストベビーブーム期に余剰をうみ、英語授業の開設が容易になった)
  • 「社会の要求」の抽象的読み替え(英語のスキル面以外の価値の育成を重視)
  • 離農化

筆者は「事実上の必修化」は「偶然の産物」であったと結論づける。そして、その「偶然性」を自覚しながら中学校英語の教育目的、そして、外国語教育そのものの目的を再考する必要があると指摘する。

謎解きのおもしろさと、目的論への招待

本書は著者の博士論文をベースにしたものだ*3。だから、サクッと読める本ではない。しかしそれでも本書は「おすすめ」だ。

その理由の一つは(筆者も前書きで書いているが)「謎解き」がおもしろいからだ。最初にあげた2つの問いを資料を丹念に追うことで解き明かしていく。その過程を読み進めていくことは単純におもしろい。ミステリを読んでいるような感覚になる。

そして読み進めていくなかで「昔の学習指導要領はこんなこと言っていたのか-!」、「この時期の教育制度はこうだったのかー」といった驚きも他見できる*4

もう一つの理由は、目的論の重要性を認識させてくれるからだ。
戦後「なんで英語やるの?」という問いに対して外国語科が、そして教員がどう対応してきて、そしてその問題をどう「先送り」してしまっているのか。その一端でも理解することは、今後の教育を考えていくヒントになる。


著者の寺沢氏は、先日シノドスの記事がちょっと話題になっていた。「日本人」の多くが英語が必要!と認識していないにもかかわらず、「オールジャパン」的な英語教育政策・目的論が打ち出されている現状に批判的分析を加えたものだ。

「日本は英語化している」は本当か?――日本人の1割も英語を必要としていない / 寺沢拓敬 / 言語社会学 | SYNODOS -シノドス-



この記事によって目的論を構想する上での現状認識を持つとともに、歴史認識を持つためにも、本書を手に取ってみると良いのではないか。


「なんで英語やるの?」の戦後史 ??《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程

「なんで英語やるの?」の戦後史 ??《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程

*1:『運動部活動の戦後と現在』でも戦後教育での「民主的」重視というのは、重要なポイントだった

*2:たとえば都市圏に比べて農村地域では、外国語に習熟するという社会の要求も、生徒の興味も低かったと考えられる

*3:ただし、大きく書き直しているそうだ

*4:教育史に詳しい人にとっては常識かも知れないけど