【観た】個人的・観ると、励まされるアニメ/『雲のむこう、約束の場所』

新海誠というアニメーション作家・監督をご存じだろうか。『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』といった映画作品、また最近では大成建設やZ会などのCMを手がけた人としても知られてきた。


新海誠 - Wikipedia





大成建設 「ベトナム・ノイバイ空港」篇(30秒) - YouTube


Z会 「クロスロード」 120秒Ver. - YouTube


風景描写が非常にキレイであり、観てて気持ちがいい半面、ストーリーや主人公の一人語りが多いことから「厨二病的」、「セカイ系」、「音声消して観るアニメ」などと揶揄?されることもある新海作品。

アニメーション初心者が気に入った、アニメーション3作品 でも言及したとおり、新海誠監督のアニメーション作品を一通り観た私は、そのなかでも『劇場アニメーション「雲のむこう、約束の場所」 [Blu-ray]』を一番気に入った。今回は私がこの作品のどこが気に入ったのかを、つたないながらに書きちらしていこうと思う。

「励まし」のアニメ

『秒速』は励ますような気持ちで作った

いきなり別作品の話で恐縮だが、新海監督作品で多分一番有名な『秒速5センチメートル』という映画がある。
小学校の頃の恋を忘れられずに、しかし前に進もうとする主人公を描く作品なのだが、これは『耳をすませば』並の「鬱アニメ」として認識されているようだ。


「秒速5センチメートル」予告編HD - YouTube


秒速5センチメートルとかいう鬱アニメwww


私もこの作品だけは数年前に観たことがあって、見事にやられた。一週間すべてのことにやる気が出なかった。
なかなか言葉では説明しにくいけど、とりあえず観てください笑

しかし新海氏は、この作品を「鬱アニメ」として作ったわけではないようだ。それどころか「『秒速』は励ますような気持ちで作った」とか何とか言っているではないか!


「『秒速』を観てご飯が食べられなくなった」と言われます――新海誠監督が語る最新作『言の葉の庭』(後編) – SNN(Social News Network)


何いってんだこいつ?!超鬱になったから私!と思っていたが、今回取り上げる『空の向こう、約束の場所』を観て考えが変わった。

たしかに、励ますつもりで作られているのかも、と。

『雲のむこう、約束の場所』あらすじ

『雲のむこう、約束の場所』の話に入ろう。
この作品のあらすじは・・・長いけどWikipediaを引用する・・・。

日本が津軽海峡を挟んで南北に分割占領された、別の戦後の世界が舞台。
1996年、北海道は「ユニオン」に占領され、「蝦夷」(えぞ)と名前を変えていた。ユニオンは蝦夷に天高くそびえ立つ、謎の「ユニオンの塔」と呼ばれる塔を建設し、その存在はアメリカとユニオンの間に軍事的緊張をもたらしていた。
青森に住む中学3年生の藤沢浩紀と白川拓也は、津軽海峡の向こうにそびえ立つ塔にあこがれ、「ヴェラシーラ(白い翼の意)」と名づけた真っ白な飛行機を自力で組立て、いつかそれに乗って塔まで飛ぶことを夢見ていた。また2人は同級生の沢渡佐由理に恋心を抱いており、飛行機作りに興味を持った彼女にヴェラシーラを見せ、いつの日にか自分たちの作った飛行機で、佐由理を塔まで連れて行くことを約束する。
しかし、突然佐由理は何の連絡も無いまま2人の前から姿を消してしまう。動揺した2人は飛行機作りを止め、浩紀は東京の高校へ、拓也は地元の高校へ進学し、彼女が消えた喪失感を埋め合わせるように日々を送る生活が続いた。
3年後の1999年、ユニオンとアメリカの緊張はさらに高まり開戦が現実になりそうな気配の中、塔の秘密が明らかとなっていく。その一方で、佐由理の行方も明らかになる。彼女は中学3年の夏から3年間もの間、原因不明(96年型変ナルコレプシー)のまま眠りつづけており、東京の病院へ入院していた。
やがて塔と佐由理との間に衝撃的な関係があることを知った浩紀と拓也は、彼女を連れてヴェラシーラを塔まで飛ばす決意をする。宣戦布告後の戦闘の最中、ヴェラシーラは津軽海峡を越えて塔へと飛ぶ。あの遠い日に、彼らが約束した場所へ…。
雲のむこう、約束の場所 - Wikipedia


すでにいろいろな人が指摘しているように*1、この作品のなかに様々な物語が重複していて、いろいろな解釈ができるけど、私が「励まされるぅ~」と思うポイントに絞って抽出し、書く。

印象的な2つのもの

本作品に登場するもののなかで、私の「励まされポイント」に関連するものは2つ。

ひとつめは「ユニオンの塔」だ。ユニオンの塔とは「大きな物語」の象徴であり、浩紀と拓也、そして佐由理にとっての「約束の場所」=みんなの一つの目標だった。彼らにとってユニオンの塔とは、子ども時代の世界の象徴であり、子ども時代の彼らが生きる狭い世界にあっては、あの塔こそが世界であって、生きる目標でもあった。

もうひとつは「夢」。作品中では長い眠りに入った佐由理が見る夢、なのだがこれはまさに「中二病的妄想」(?!)そのものなんじゃないかと。後述するが、この夢は「覚まさなければならないもの」として描かれているように感じた。

「励まされポイント」:中二病的世界から、大人の世界へ

新海作品は「セカイ系」であり「厨二的」であると思った。
新海氏は自分の作品がそう評されていることを自覚したうえでこう言っている。

だけど思春期っていうのはそういうものだと思うんです。まさにこの台詞でも〈彼女=世界〉ということが言われています。だけどこの『言の葉の庭』が終わったときに、主人公が〈彼女≠世界〉ということに気づく
泣かせようとして作っているわけではないのです――新海誠監督が語る最新作『言の葉の庭』(前編) | オタ女

〈彼女=世界〉といういわば視野の狭さはまさしく「厨二病」的であり、〈彼女≠世界〉ということに気づくことがすなわち「大人になる」「成長する」ことだととらえることができる*2
本作品において、厨二的セカイの象徴は「塔(大きな物語、約束の場所)」であり「夢(自分の作り出すセカイ/妄想)」だ。そして大人の世界の象徴は「塔の崩壊(約束の場所の喪失)」であり、「佐由理の夢からの目覚め」と、佐由理が夢のなかで抱いていた想いを目覚めた際に忘れてしまったことを嘆く「消えちゃった・・・」という台詞だ。

すなわち新海氏は意図的に厨二的セカイを作中に描き出し、そしてそれを否定・壊すことで主人公(や主要な登場人物)が世界/社会に飛び出していく、成長していく、という物語を作っている。そして私もこの作品を見ながら、そのセカイの否定と現実世界への一歩踏み出し、という体験をしてしまったことが「励まされた」要因だ。

厨二的セカイの否定と、世界の肯定

このように厨二的セカイを否定/破壊する一方、新海氏はその後現実の世界/社会に主人公たちが踏み出していくことを、非常に肯定的に描いているように思う。本作品のラストで、目覚めると同時に夢のなかで抱いていた想いを忘れてしまい「消えちゃった・・・」と涙する佐由理に浩紀は、

大丈夫だよ、目が覚めたんだから、これから全部、また・・・おかえり、さゆり

と声をかける。
なにが大丈夫なのか!夢のなかで浩紀と佐由理はいい感じだったのだ!全然よくない!
それでも、浩紀は「大丈夫」といい、「これから全部、また・・・」とこれからの世界で生きていくことに非常に肯定的な姿勢を見せる。さらに、ユニオンの塔を破壊した後、浩紀の独白として次のような台詞がある。

約束の場所をなくした世界で、僕らはまた生き始める

約束の場所=塔、厨二的な狭いセカイの象徴を失い、それぞれがそれぞれの目標や生きる意味を見つけなければならない現実の世界に放り出されても、それでも生きていくんだ、というメッセージが込められている(と思った)。ここで「僕らはまた生き続ける」ではなく、「生き始める」となっていることも印象深い。今までの世界とは違う世界を「生き始めるんだ」という意味あいが感じられ、ここでも塔以前の世界(厨二的セカイ)の否定と、それ以後の世界(現実の大人の世界)の肯定、という枠組みが見える。

この、未来への肯定感こそが、私がこの映画に励まされる理由だ、と今は思っている。

無理矢理まとめれば『雲のむこう、約束の場所』は

  • 厨二的セカイから脱却し、世界へと飛び出す勇気をくれる
  • 目標がない世界は怖いけど、頑張れ!というメッセージをくれる
  • 過去いろいろあったけど・・・「大丈夫だよ、目が覚めたんだから」というこれからに対する全肯定が得られる
  • 過去を「ばっと脱ぎ捨てる感じ」、そして進んでいくんだ!という気分になれる

というところから「励まされる」作品だと、私は思った。

『秒速』が励ましアニメだと思う理由

では、『雲のむこう、約束の場所』をみて、なんで『秒速』も励まされるアニメだと感じたのか。それは、2つの作品の「励ましポイント」が似ているなあと思ったからだ。たとえば、

  • 「約束の場所」の喪失:貴樹と明里はずっと一緒、つながっていると思っていたのに、途切れる文通
  • 明里の「貴樹くんはきっと大丈夫」という台詞:これから来るべき人生の肯定
  • 過去を振り返り、それを「脱ぎ捨てる」ことで前に進む:ラストシーン、電車が過ぎ去ったあと、明里はいない、そしてすぐに前に進む貴樹
  • いろいろあったけど、前に進もうぜ!というメッセージ

あたりに類似点を感じる。といっても『秒速』は『雲のむこう』と比べると「厨二的セカイ」の描写が長すぎることもあり*3、励ましアニメとして見るには、やっぱり少し注意が必要だとは思う(笑)

むすび

『秒速』も『雲のむこう、約束の場所』も過去をやんわりと否定しつつ*4、それを「脱ぎ捨て」、前に進もうとしている。、これからの世界は「大丈夫」なんだというメッセージを発している。

こういった世界観というか成長ストーリーが性に合わない、となると新海作品を見るのは辛いかも知れない。あと、主人公の一人語りが多い点とか・・・
しかし私がアニメを見る際、「現実逃避できると同時に、明日もまた頑張ろう!という気持ちにしてくれる」ような効能を求めている。そういった意味では、『星のむこう、約束の場所』はその効用をしっかり与えてくれる、私にとっての大事な名作なのだ。




劇場アニメーション「雲のむこう、約束の場所」 [Blu-ray]

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秒速5センチメートル [Blu-ray]

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*1:ネットで「雲のむこう、約束の場所 解釈」などと検索するといろいろ出てくる

*2:こうした「成長」観に共感するかどうかは、別の話

*3:「大人の世界」は第3章の回想部分以外でしか描かれていないのでは・・・

*4:否定という言い方が強すぎるなら、「乗り越えるべきものとしてとらえている」といった感じだろうか