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【読んだ:2015-4】本は拡張し、みな本屋になりうる

本書の著者であるブックコーディネーター*1の内沼晋太郎さんはこう言い切ります。

「出版業界の未来」ははっきり言って暗いけれども、生き残る方法はたくさんあるし、「本の未来」に至ってはむしろ明るく、可能性の海が広がっているとぼくは考えています。
(『本の逆襲』、p. 7)

本は可能性に満ちあふれている!本好き(自称)の私は、読んでいてうれしくなりました。

本の逆襲 アイデアインク

本の逆襲 アイデアインク


本書では内沼さんがこれまで手がけてきたこと(たとえば「文庫本葉書」、下北沢の書店「B&B」)の紹介と共に、本それ自体の可能性や本を使ってできることについて考察されています。本の可能性、といえば「出版業界は衰退している」「電子書籍にとってかわられる」などといわれがちです。しかし内山さんは「出版」と「本」を峻別した上で、「本の未来」の明るさを熱く語ります。

そんな本書のなかでも私がおもしろいなあと思った視点を2つ紹介します。それは「本は拡張している」ということと、だれもが「本屋」になれる、という点です。

本は拡張している

紙に文字が書いてあって、閉じられていて、バーコードがついていて・・・それだけが本ではありません。Kindleやスマートフォン上で読む電子書籍だって今では本と言えるモノでしょう。いや、だったらスマホ上で見る企業のカタログだって本かも知れません。

Twitterのつぶやきをまとめたものが出版されました。それならまとめるまえの140文字のつぶやきもまた、本かも知れません。対談をまとめたモノが本になります。それならば文字お越しする前の音声データだって本になり得ます。


・・・本はもはや、定義できないものになりつつあります。または、定義できないものと、我々は思考を拡張することができます。


ならば、本について語った、もしくは書評(もどきも含め)を掲載した個人ブログだって本になり得ます。このブログだって、質はともかく本かも知れません。そう考えると私たち本好きは、好きな本を読んでその感想をブログに書いているだけではなく、感想を「本」としてウェブ上にむかって産み出しているとも考えられます。なんだか、うれしくなりますね。

本はもはや定義できないし、定義する必要がない。本はすべてのコンテンツとコミュニケーションを飲み込んで、領域を横断して拡張していく。この状況こそぼくは「売れない」、「元気がない」と言われ続けた、本による本のための「逆襲」であると考えています。
(本書、p. 45)

だれもが「本屋」になれる

本が拡張している、私たちも本を産み出していると考えることが、もうひとつの「だれもが「本屋」になれる」ということにつながります。
本書のなかで内沼さんは、鳥取の定有堂書店店主・奈良敏行さんの言葉を引用しこう述べます。

「本屋」は「空間ではなく「人」であり「媒介者」のことである。それはたとえば、必ずしもリアルの「書店」を構えていなくても、「本屋」であるという「あり方」が可能であるということです。
(本書、p. 135)

本は拡張し、私たちもいろいろなカタチで本を持ったり、産み出したりできるようになっています。そして、本を媒介にして「人」とのコミュニケーションを求める私たち自身が、本屋であり得ることができる、と内沼さんは言います。書評エントリ(もどき)を掲載したこのブログは「本」であり、それによってネット上の誰かとコミュニケーションをとろうとする私は「本屋」である、そう言うことができるのです(繰り返しますが、質の話は置いておきましょう)。


私もまた、本を楽しくできる

私は本が好きです。
出版不況などといわれている昨今、本が衰退していくのを見ているだけしかできないとか、本を買って書店を応援!とかそういう方法でしか、私は本の業界と係わっていくことはできないと思っていました。

しかし本書を読むと、そうとは限らないということが分かります。
私もあなた本を産みだし、そして本屋でありえます。私もあなたも、本の未来を作る一員なのです。


私もあなたも、本をもっと楽しくできるんです。


「逆襲」なんて、ちょっと物騒なタイトルかも知れませんが、実際は希望に満ちあふれた本です。


本の逆襲 アイデアインク

本の逆襲 アイデアインク

*1:内山さん本人も「やや恥ずかしい肩書き」といっています。確かに現状ちょっと恥ずかしいですが、これからメジャーになっていく肩書きかも知れません