【読んだ】「適切な危機感」を持つために/『新型インフルエンザ 世界が震える日』
いつどこで起きてもおかしくないとされる新型インフルエンザ、とくにH5N1型鳥インフルエンザのヒトへの適合と流行について、本書は基本的な知識を紹介し、対策そして「共生」の可能性を示す。
- 作者: 山本太郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2006/09/20
- メディア: 新書
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現状、そしてインフルエンザ基礎知識
本書はまず、我々は新型インフルエンザ発生・流行を間近に控えた世界に生きていると強調する。
アジアを中心に流行している鳥インフルエンザは、現在でもヒトに、そしてヒト-ヒト間でも感染が確認されている。現時点では局所的な現象に収まっているが、鳥インフルエンザがヒトに適合しひとたび流行がはじまれば、モノやヒトが簡単に国境を越える現在、世界的な大流行はものすごいスピードで進んでいくだろう。
もはや問題は、新型インフルエンザが発生するかしないかではなく、いつどこでどのように、どんなウイルスによって引き起こされるか、ということだ*1。
あるタイプのインフルエンザに感染したことがある人は、そのウイルスには再度感染をしない。
ウイルスに取ってみれば、再度感染するにはウイルス自身が変化をし、ヒトの免疫機構(免疫システム)から逸脱する必要がある。このウイルスの変化を「抗原性の変異」というそうだ。
インフルエンザウイルスはこの抗原性の変異をわずかながら繰り返し、ヒトの免疫機構をすり抜け、何度も感染する。
もし非常に大きな変異が起こり、過去のウイルスとは全く違った新型ウイルスが発生した場合、そのウイルスにたいする感染防御免疫を持たない人類のあいだで大流行が発生する。
そして、その新型ウイルスがもし強毒性であった場合・・・季節性インフルエンザの流行とは次元の違う厳しい状況になることが考えられる。
新型インフル対策の短期的視点と中長期的視点
本書では来るべき新型インフルエンザの対策については、短期的視点と中長期的視点、ふたつの視点を持つべきだと主張する。
短期的視点
これはいわゆる「国際的な流行監視・封じ込め」・「手洗いうがい」などの、「インフルを広げない努力・かからない努力」の話だ。
なるべく鶏とヒトが接触しないようにして、鶏と頻繁に接する人はマスクや手洗いうがいを励行しましょ。
もし発生しちゃったら国際的なネットワークを使って対策をしましょう。早期警戒システムを整備し「プレパンデミック」(流行の直前期)であることを素早く察知。新型ウイルスが発生した周辺地区に集中的に抗インフル薬を投入しよう。早期封じ込めと流行遅延措置によって、何百何千万もの命が救われる。
パンデミック(大流行期)の期間は過去の大流行に学び、社会インフラの維持に努めつつ数回にわたる流行の波を乗り越える。
などなど。
とくに早期封じ込め行動および流行遅延措置は、たとえ封じ込めに失敗したとしてもその間にワクチンの開発が進められることなどで、多くの人命を救うことにつながるのだと強調される。来るべき新型インフルエンザの流行に対して、国際社会が連携して取り得るべき対策を取るべきだと。
中長期的視点
うえのような短期的視点、すなわち新型インフルエンザの世界的大流行に対する現実的な対策の他に、本書では中長期的視点に立った対策として、「ウイルスとの共生を考える医学」を提唱している。筆者の心としてはこの「共生」こそ、本書で最も強調したいキーワードなのかも知れない。
我々ヒトはウイルスを「敵」だと考えている。しかしその敵は、ヒトとは比べものにならないスピードで自らの姿を変えていく(=抗原性の変異)ウイルスだ。それを根絶しよう、地球上から消し去ろうとするのは非常に困難だ(天然痘の根絶はうまくいったようだが)。しかも「生態学的ニッチ」という考えからすれば、ひとつのウイルスが消滅することは、そのあいたニッチを埋める別の新型ウイルスの出現を招くことになる。
では、どうするか。
医療生態学的な視点から見た場合の一つの理想は、インフルエンザウイルスを根絶したり、あるいはインフルエンザウイルスと存亡をかけた闘いを行ったりするのではなく、致死率の極めて低い(あるいは理想的には致死率がゼロの)新型インフルエンザウイルスが周期的に世界的流行をし、そうしたウイルスを私たちヒトが制御できる状態を確保するということかも知れない。そうすれば、新たな未知のウイルスがヒト社会に出現するための生態学的ニッチをウイルスに与えることなく、つまり将来にわたる潜在的リスクを増大させることなく、現在の社会的リスクを最小化することが出来るかも知れない。
(p. 133)
すなわち、インフルエンザウイルスを敵として排除するのではなく、この地球上の同じ生物として*2共存・共生する道を探るべきだとする。
来るべきインフルエンザの世界的大流行に際する対策はもちろん必要だ。
しかし中長期的には、うえのような生態学的視点に立った医学・感染症学の構築をすべき、というのが筆者のそして本書の、中心的な主張である。
さいごに
ウイルスとの共生という中長期的視点についてが本書の中心的主張だといったが、ウイルスとの共生はどのようにして可能になるのか、そもそもその見込みは現時点でどのくらいなのか、といった具体的な話はいっさい出てこない。本書の中で「共生」について割かれているページ数も、それほど多くない。本書を読む限り、ウイルスとの共生とはまだまだ「筆者の一つの理想」でしかないのでは、と思ってしまう。
しかし、我々ヒトが地球というある環境に依存して存在する生物であることを自覚すれば、筆者が主張するような、よりエコロジカル(?)なウイルスとの向き合い方を真剣に考える必要があるのかも知れない。
実際の強毒性新型インフルエンザの流行が始まる前、すなわち今こそ、こうした短期的視点とともに中長期的視点を持ち合わせて考えることが出来る絶好の機会なのかも知れない。
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