【読んだ】知的創造のための手続/『創造の方法学』

苅谷剛彦の知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社+α文庫)において、「社会科学の方法を完結に著した著作として、もっとも読みやすいもののひとつ」と紹介されているのが、本書、『創造の方法学』だ。
第一刷は1979年、「データカード」「カウンターソーター」など今や聞かなくなった単語が出てくることもあるが、35年経ってもその内容は古びることのない名著だ*1

創造の方法学 (講談社現代新書)

創造の方法学 (講談社現代新書)


苅谷本は「問い」を発見し、展開することを初歩の初歩から非常にわかりやすく解説しているものだが、本書はそのなかの「因果関係」について焦点を当て、問いを立てるときの図式化・モデル化とその検証の手順(の入門編)を詳細に解説しているものといえる。

自然科学の方法を、社会研究にも

ただ単に現象を見て、それを記録するだけでは「記述的」研究にとどまってしまうが、それを「説明的」研究にするには因果関係を見つける必要がある(すなわち「なぜ」という問いを発することだ)。

本書で挙げられている例でいえば、浅い水槽に燃えるローソクを立て、それを逆さにしたフラスコで覆ってみる。するとローソクの焔は消えることが観察できる。この関係を少しばかり翻訳してみればこうなる。すなわちフラスコをかぶせる/かぶせないという「原因」があり、ローソクの焔が消える/消えないという「結果」がおこる。因果関係のモデルにおいて結果は「独立変数 independent variable」、結果は「従属変数 dependent variable」と呼ばれる。独立変数がフラスコをかぶせる(=酸素なし)という値をとれば従属変数は焔が消える(=燃焼なし)という値をとる。独立変数がフラスコをかぶせない(=酸素あり)という値をとれば従属変数は焔が燃え続ける(=燃焼あり)という値をとる。

因果法則とは、独立変数の一定の値が、従属変数の一定の値と関係している状態のことだ。
問いを発する際はこのような因果関係を設定し、そして特にローソクと焔のような自然科学的な実験であれば、それを実験によって検証することが可能であり、かつ必要なことだ。

因果法則を確定するためには次の三つの条件が、満足されなければならないことになる。(1)まず独立変数の変化が、従属変数の変化に先行するという、時間的順序が確立されなければならない。(2)次に両変数間の共編関係を確かめなければならない。(3)そして最後に他の重要な変数が、変化しないという条件を確立しなければならない。
(p. 83)

苅谷本でも触れられているこの3原則が、因果関係設定のキモだ。

今見たような自然科学的な実験であれば、独立変数(原因)が従属変数(結果)に先行し、パラメタ(この関係に影響を与えうる他の要因、たとえば気圧など)の統制も比較的容易である。

一方、世論調査と因果関係の推論方法を組み合わせたサーヴェイ・リサーチなどの数量的方法も、同じような論理を持っている。またもや本書の例になるが、マッカーシーの赤狩りに対する意識調査のケースで考えてみよう。

マッカーシーの赤狩りへの賛否を従属変数(結果)、政治的寛容さを独立変数(原因)とする。この場合因果関係確定の3条件のうち、1と2は満たされる。しかし、3についてはどのように確認すればいいのか。

この場合は、「統制変数」、たとえば「学歴」、を導入する。赤狩りへの賛成反対をそれぞれ学歴の高低で再度集計してみる。そうすると、独立変数の効果が消えてしまう、つまり学歴の高低が政治的寛容さに影響を与える独立変数として働いているため、赤狩りへの賛否と政治的寛容さというのは「偽の関係」であることがわかる。
数量的方法であっても、その根底の論理は、科学的方法そのものなのだ。

また、「質的研究」においても同様だ。
実験的方法とは違って変数間の時間的順序がハッキリしない質的研究の場合でも、社会間の比較をすることで、または時代間の比較をすることで「概念的に変数を操作して、因果関係についての推論を行い、歴史的資料によって、その推論を実証しようとしている」(p. 141)という点で、科学的方法の論理に従っている。

さらには量的研究とは遠いところにあるようなケーススタディ・フィールドワーク・参与観察などについても、科学的方法の論理に従っていることを本書は示す。
ケーススタディなどはある組織・集団に入り込み、通常はわからないその内情を「記述的」に表せることがその特徴だ。ではケーススタディは優れた「記述的」研究で終わるのかというと必ずしもそうではない。ケーススタディの対象は「逸脱行為」が多い。研究者は意識的もしくは無意識的い、社会の正常な行動を基準にして逸脱行動を理解しようとする。また、フィールドワークでは「未開社会」を調査することが多い。この場合研究者は自国や他国の経験を基準にしてこの「未開社会」を見つめる。

ここでも因果関係についての推論、科学的方法の論理が働いていることがわかる。ケーススタディやフィールドワークでは、一方の値しか観察していないようで、自らが経験を通して知っているもう一方の値と比較しながら、因果関係の推論を行っているのだ、という。


ここに来て、質的研究も、ケーススタディも、フィールドワークも、これらはすべて科学的方法の論理に従っているのだ、と本書は示す。
もちろんすべての研究、およびそれが採用する方法論が本書にあげられているものでカバーできるわけではないだろう。しかし、因果関係の推論、科学的方法の論理は非常によく使われる(そして私たちも使う)方法論であり、それゆえ筆者にして

現代の社会において高等教育を受けた人間が、高学歴者として生き残る唯一の道は、科学的方法の訓練を身につける以外にはない
(p. 188)

と言わしめる。

因果関係をどう見出し、そしてそれを検証するには具体的にはどうすればいいのか。
この問いに対して明快かつ簡潔な方法を示してくれる本書は、今まで読み続けられて、そしてこれからも読み続けられるであろう良書だ。


創造の方法学 (講談社現代新書)

創造の方法学 (講談社現代新書)

創造の方法学 (講談社現代新書)

創造の方法学 (講談社現代新書)

知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社+α文庫)

知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社+α文庫)

*1:たぶん読むの3回目くらい